めざせ!加古川特別

競馬はたまにやる程度です

ぼくの順法闘争

ここ数ヶ月でブラック企業やブラックバイトという言葉は世間一般に広まった。特に塾講師はその最たる例として挙げられていて、塾講師の世界に片足どころか肩までしっかり浸かってちゃんと 100 まで数えあげてから湯船を出たぼくから見ると「そら当然やわ」という気持ちになるのである。

ただ、数年来の付き合いをしているともしやこれは天職なのではないか思っている自分もいたりする。ただ別にそれはブラックに洗脳されたわけではなく、単に子どもと話すということが好きだからだろう。あとは経験から得たうまい手の抜き方で迫りくるブラックの魔の手から逃れていたからかもしれない。

女子高生ブランドへの憧れを捨てきれず、女子高生にお金を払って関わろうとし、豚野郎と呼ばれたいがためにブタ箱にお入りになる男性が少なくないこの現在からすると、塾講師というのは、女子高生と話してなおかつお金がもらえるという、それはそれは恵まれた職種なのだが、とはいえこれだって他人の将来に関わる責任重大な仕事なのである。

そんな仕事なんだから、労働の対価として貰うべき物は適切に頂かなくてはならない。もし頂けなかったならば生活は破綻し、親の脛を齧る未来が待ち構えている。脛を齧るくらいなら彼女に耳たぶをはむはむされる未来のほうが良いに決まっている。
耳舐めバンザイ。そしてぼくは討ち果てた*1

友人が一時期勤めていた某大手塾は、賃金未払いをやらかしていたそうで、友人はブチ切れて辞めた。もちろん未払いは請求していた。ブラックなバイトからはすぐに足を洗う。とても賢明な判断だと思う。

その点ぼくは恵まれていた。会社側が退勤時間にうるさく、ほぼ厳守だった。あと、時給も良かった。時給が良いというのは精神的にも良い。ただ、ニュースとかでも問題になっていたが、報告書を書く時間は時給が発生しなかった*2。どう考えたって仕事してるのにお金もらえないのは理不尽だし、不満を述べる人の気持ちがとても良くわかる。

報告書はいわば月間指導のまとめと指導目標の確認をするもので、絶対に必要なものである。しかし、時間外労働だ。手間賃の一つや二つくれてもいいだろうに、とよく戦友(2つ年下のAさん)と愚痴っていた。二代目の上司氏にそれとなく「くーださい」と言ったことがあるが、すまさそうな顔をするだけだった。上司氏はもちろん賃上げ権がない*3ので、こればっかりは仕方ない。「ですよねー」と言うしかなかった。
とはいえ、先述の通り時給は他と比べると結構良かったので、金銭的な不満というのは「報告書に金よこせ」程度であり、その他の面でも特に不満はなかった。
ただ 1 つを除いて。

それは上司との関係だった。先代の。
その人のせいで、ぼくはソウルジェムが何個あっても足りず挙句魔女化したさやかが大量発生し、苛々時計に感化された過激派が心の中に1人また1人潜伏としていき心臓が極左になって絶賛ストレス大放出な状態だった。

その人は相当機嫌屋だった。バブルとリーマンショックを2日おきに繰り返す人だった。理不尽さを競い合う理不尽ピックがあれば近畿ブロック代表で優勝できた。イギリスもびっくりするほどの二枚舌の使い手だったし、そのくせ「お前大量破壊兵器隠してるやろ」みたいなノリで「あいつ最近調子のってるからいっぺん軽くシメるか(実はその人は順調に仕事してただけ)」とよく分からない理由で説教しようとしてきた。

ぼくはその人を「若年性更年期障害」と心のなかで呼んでいた。子どもたちが帰ってからの校舎は、まるでソ連のように恐怖政治に支配され、皆が粛清されるのではと怯えた。

つまり、上司がスターリンなのだ。そうすると、バイトリーダーは泣く子も黙るベリヤおじさんに違いない。職場の人達はKGBだ。そう思うことにして、ぼくは仕事に必要な事以外はほぼ口を開かないようにした。余計なことを話すとベリヤに伝わりスターリンに密告される。そうなったらスターリンはぼくに説教をはじめ、ぼくはシベリアで壁のしわを数える仕事に従事することになってしまうのだ。だって、何もしてないのに「同志、この生徒についての指導だが」と突然ぼくに白羽のICBMを突き刺し、退勤時間は矢の如く過ぎていったなんて数知れずなんだもの。*4

カチンときて今すぐにでもMiG-25に飛び乗って、自由主義の国へ逃げ出してやろうかと思ったこともある。しかし、職を辞したら子どもたちはどうなるのだろうか、とふと思った。教えてた生徒は僕を兄のように慕ってくれていた。ぼくは年下の女性にはめっぽう弱いのだ。妹とか。

この場合のベストアンサーは「辞める」だ。割り切って。しかしぼくは、ここでソ連、もとい会社に損失を与えてやろうと思ったのだ。しかも、合法的に。つまり、順法闘争だ。これは、ぼくなりの順法闘争なのだ。革命の火蓋が静かに切って落とされた瞬間だった。

さて、順法闘争を決行するに際し、僕は目標を決めた。

  1. 会社との問題なので、生徒は巻き込まない
  2. 家に仕事を持ち帰ると会社の思うつぼなので、報告書は労働中に終わらせよう
  3. 上司の頼まれ事は適度にこなし、恩を売っておく
  4. これ以上のシフト増は無理です今が限界ですオーラを出しておく

要するに、金を稼いで、恩を売り、徳を積む。こうしておけば、仕事の効率も上がり、生徒の評判も良くなり、上司の信頼を得て小言が減り、会社に賃金支払面で損失を与えることが出来*5、自分の稼ぎも増えるわけだ。すべて合法なわけだ。真美は合法なわけだ。

そして頃合いを見て、会社をやめる。塾にとって、特に校舎にとって、使える講師が 1 人いなくなるというのはとても大きい損失である。あの時分、塾でバイトを希望する人は少なく、会社の設定する数値目標(生徒数とか)などを考えたときに、使える講師はとても重宝する存在だった。これはよくスターリンがわれわれ人民に伝えていた。

ならば、使える存在になって突然辞めさせていただこうではないか。春期講習前は新入生が来るから困るだろうなあ、と結果を想像するだけで笑いが止まらなくなりながら、その最終計画を実行すべく、ぼくは水面下で上記 5 目標を掲げ、闘争に入った。

ある時、「最近、あいつ調子いいから助かる」と仰っていたと別の講師から聞いた。その頃、銀行口座にも少し増えたお金が振り込まれるようになった。どうやら、順法闘争は成果を見せているようだった。春が楽しみだ。

そう考えていた矢先、年度末にスターリンが別の校舎へ飛ばされてしまった。
ぼくの闘争は意外な形で終止符を打つことになってしまったのだった。

職場からスターリンが居なくなったことで、恐怖政治は終わりを告げ、職場は見違えたように明るくなった。僕が KGB と思っていた人たちも、ぼくと同じで怯えていた人たちだった。なんだ、一緒だったのか。そして、二代目の上司として、ちょっと適当だけど良い人がやってきた。自由主義国家の誕生である。大変居心地が良くなったので、「とても良い上司(当社比)なので、もう少しだけ続けよう」と思い、ぼく順法闘争を終結させた。

闘争の成果は意外なところにも出ており、どうやら仕事のコツみたいなものを掴んだようだった。ただ、自由主義の下で突然失踪したバイトが受け持っていた生徒を担当したり、他校舎に一定期間だけヘルプに行ったりしたせいで、休みが減った。でもまあ、ストレスのない職場になったし、稼ぎが増えたから良いかぁと割り切った。

はじめたバイトがブラックだったならば、合法的に会社に損失を与えるために、順法闘争をしてみるという選択肢もあるかもしれない。学生のうちにしかできない、誰にも迷惑をかけない学生運動。気分は潜伏した過激派である。
せっかくの人生だ、一度は学生運動を経験しておきたい*6

でも、そんなことをする余裕が無いくらい黒かったり、耐えられないようだったら、あっさり辞めた方が絶対に良い。せっかくの学生時代に心をすり減らしてまで仕事する必要なんて無い。仕事は他にいくらでもある。そこはしっかり割り切ってほしい。

しかし、どうして法令遵守してるのに僕は貰えるべきはずの彼女を貰えないのだろうか。神様に対しても闘争すべきなのだろうか。それか、「早くしないと童貞こじらせるけど」と脅したほうが早いかな。もうこじれてるんだけど。


まぁなんにせよ、一度はみんなもレッツ順法闘争、というわけだ。

*1:DLSite is GOD

*2:なんか今はその辺ちゃんとしていて、お金がもらえるとこの間飲んだときに教えてもらった

*3:せいぜい年度末の査定程度

*4:ちなみに帰り際に「終電ないですわ〜。実家遠いからこういうとき不便なんですよね〜」と京都風に物を申したら笑っていたので死ぬまでぶぶ漬け流し込んでやろうかと思ったこともある

*5:微々たるもんだけどね

*6:どこぞの大学新聞リスペクト